少年法「改正」法案に反対する会長声明
平成20年5月26日
香川県弁護士会
会長 吉 田 茂
1 政府は,平成20年3月7日,殺人などの一定の重大犯罪事件について,
①犯罪被害者等の申し出により家庭裁判所が裁量で少年審判の傍聴が可能となる規定の新設
②記録の閲覧・謄写を認める要件を緩和し,その範囲を広げること,を主な内容とする少年法「改正」法案(以下,「本法案」という。)を国会に提出した。
しかしながら,本法案は,少年司法の理念・目的に重大な変質をもたらすおそれがあり,当会は以下の理由により,本法案に反対する意見を表明する。
2 ① 犯罪被害者等による少年審判の傍聴を認める規定について
まず,少年は,成長発達の途上にあり,自己表現力,コミュニケーション能力,理解力等が十分でないことが多い。従って,被害者等が審判を傍聴すると,それらを意識する結果,精神的に萎縮し,心情を素直に述べたり,事実関係について正直に発言したりすることができなくなるおそれがある。そうすると,審判における正確な事実認定が困難になる。
また,被害者等が傍聴している状況においては,審判官や調査官が,少年の生育歴,家族関係の問題など,プライバシーに深く関わる事項を取り上げることが憚られるおそれがある。そうすると,少年に対する要保護性の判断を誤り,適切な処遇選択が極めて困難になってしまう。
少年審判は,少年の内省に働きかけ,その問題性を指摘し,少年に事件への反省を深めさせ,更生への意欲を固めさせていく場としてのケースワーク機能を有している。しかし,被害者等の傍聴がなされると,裁判官が被害者等の心情への配慮を過度に強いられ,少年への責任追及を中心とした刑事司法にも類似した審判運営に変容していくのではないかとの懸念も強い。
一方,被害者側から見ても,少年審判は,事件発生から比較的短期間に行われることが多いことから,少年の発言や態度によっては,被害者等がさらに傷つくこともあり,少年と被害者両者にとって好ましい関係を構築する障害となるおそれが高い。
3 ② 記録の閲覧・謄写を認める要件の緩和・範囲の拡大について
被害者がより早い段階で,わかりやすい情報提供を受けられるよう,記録の閲覧・謄写の要件を緩和することは,積極的に検討されるべきである。
しかし,閲覧・謄写の対象範囲を,法律記録中の少年の身上経歴・家庭状況・精神面,肉体面の医学的所見などプライバシーに関する事柄まで拡大するこ とは,少年や関係者のプライバシーを侵害するだけでなく,インターネットが普及した現代の情報化社会においては,その情報が,広範囲に流出し,少年の 健全育成や社会復帰を妨げることが起こりうる。
また,プライバシーに深く関わる情報の流出をおそれ,少年の親族・関係者らによる情報提供等の協力が得にくくなり,裁判所は,適切な処遇選択に必要 な情報を収集することが困難となる。
よって,法律記録中のプライバシーに関わる部分については,閲覧・謄写の対象から除外するべきである。
4 もっとも,被害者等が,加害者の少年についての情報を知りたいと希望をもつことは当然である。
この被害者側の知る権利に配慮し、,被害者等に対する記録の閲覧謄写(少年法5条の2),意見聴取(少年法9条の2),警察,検察からの被害者等への通知制度,保護観察や少年院送致になった少年についての被疑者等への情報開示制度等制度が制度化されている。これら制度の存在を,関係各機関が被害者らに対してさらに丁寧に知らせ,被害者等が活用するための支援態勢を整備することで,少年司法の理念・目的を実現しつつ,被害者側の知る権利に十分応えることは出来るのである。
また,家庭裁判所が,適切な時期に,少年審判の様子を被害者に説明する等の制度新設についても模索されるべきである。
5 よって,当会は,本法案に強く反対するものである。
以上