共謀罪の新設に反対する会長声明
2015年(平成27年)8月11日
香川県弁護士会
会長 馬 場 基 尚
1 政府は,過去3度廃案となった共謀罪に関する法案(以下,共謀罪法案という。)を改めて国会に提出する動きをみせている。シリアにおける邦人殺害テロ事件や2020年東京オリンピック・パラリンピック開催決定等を受けて,テロ対策の名のもとに,この動きは,今後,強まるものと予想される。
しかし,共謀罪法案は,以下で述べるとおり,重大な問題点があるうえ,これを新設する必要性はない。
当会は,2006年2月15日,すでに共謀罪の新設に反対する声明を発している。しかし,このような現状に鑑み,改めて共謀罪の新設に強く反対する。
2 共謀罪は,2人以上の者が犯罪を行うことを話し合って合意することのみをもって処罰対象とするものである。
これは,犯罪実行による現実の被害発生(既遂)や犯罪の実行行為の着手(未遂),犯罪の準備行為(予備)など外部にあらわれた行動を必要とせず,人の内心を処罰するものであって,既遂処罰を原則とするわが国の刑事法体系になじまない。
この点,これまでの政府による共謀罪法案は,法定刑の長期を基準とするのみで対象犯罪や目的に関する限定を欠くため,窃盗・詐欺・横領・傷害等を含む600以上もの犯罪に適用されるものである。これでは,むしろ,共謀罪が成立しない犯罪が限られたものとなる。
つまり,共謀罪は,これまでのわが国の刑事法体系の原則と例外を逆転させ,過度に広い範囲で人の内心を処罰する結果を生じさせる。
3 次に,共謀罪は「合意」を処罰対象とするので,犯罪立証のため,人と人との会話や通信等のコミュニケーション自体が捜査対象とされる。すなわち,捜査機関にとって,会話や通信等の監視(通信傍受や監視カメラの設置等)が必要かつ有用な捜査手法となり,現在はまだ限定的なこれらの捜査手法が拡大・新設される可能性は極めて大きい。
その結果,市民は,日常会話や電話,メール,ライン等のやりとりまでもを国家に監視されることになり,市民の表現の自由や通信の自由など,憲法上もっとも強く保護されるべき基本的人権が侵害される危険がある。また,市民の表現や通信の自由,集会の自由,結社の自由などにおいて,大きな萎縮効果が生じる。
さらに,共謀という「合意」を立証するため,捜査機関によって,自白を偏重した捜査活動がなされるなど,憲法の保障する適正手続の理念に反する捜査活動がなされる危険性も高い。
4 政府は,すでに締結した国連越境組織犯罪防止条約(以下,条約という。)が共謀罪の国内法整備を求めているので,この条約を批准するために共謀罪の新設が必要であるとする。
しかし,そもそも,条約は,締結国の国内法の基本原則等と合致する方法で整備を行うものとしている。このため,実際に多くの国が政府の提案するような一般的な共謀罪規定を創設することなく条約を批准している。
さらに,わが国においては,殺人・強盗・放火などの重大犯罪等について予備罪があり,内乱・外患誘致・破壊活動防止法違反などについて陰謀罪がある他,様々な特別法が存在する。また,判例法として共謀共同正犯による処罰が確立している。このため,我が国の現行法は,条約が求める共謀罪に相当する犯罪の取り締りを実現できる状況にある。
したがって,なんら新規立法をすることなく条約を批准することは可能であり,共謀罪創設の必要はない。
5 以上のとおり,共謀罪法案は,わが国の刑事法体系の原則と例外を逆転させ,その処罰範囲が無限定に拡大される危険性と国家権力による基本的人権侵害の危険性を多分にはらんでいるうえ,条約批准のために共謀罪を新設する必要性もない。よって,当会は共謀罪の新設に強く反対する。