犯罪被害者が刑事裁判に直接関与する制度の導入に対する会長声明
平成19年6月14日
香川県弁護士会
会長 柳 瀬 治 夫
本年6月1日、「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」が衆議院で可決され、参議院に送付された。
新制度は、裁判員裁判の対象事件や業務上過失致傷等の事件について、被害者の公判への出席、証人尋問、被告人質問、求刑を含む意見陳述等の創設を目的とする制度である。
しかし、上記制度は、以下の通り、近代確立され成熟した刑事裁判の構造・本質に大きな変容を加えるものであり、当会は安易な導入には反対を表明するものである。
まず、最大の問題は、まだ刑事訴訟において犯罪被害者であるかどうかが確認されていない段階で、「当該事件の被害者等から申出があるとき」に犯罪被害者として取り扱うことが、「無罪推定の原則」(憲法31条、刑事訴訟法336条)に反するのではないかという点である。刑事訴訟においては、合理的疑いを越えた証明がなされてはじめて犯罪被害者であることが確定されるものであるのに、申出がある者に犯罪被害者という特別の地位を認めた上で、傍聴席ではなく法廷に当事者として在廷させることになれば、加害者と被害者という構図のもとに裁判を開始することとなってしまうことになる。とりわけ、導入予定の裁判員制度の下で、市民による裁判員に対して、犯罪被害があったという予断・偏見を強く与えるおそれがあることを指摘しておかなければならない。
第2に、刑事訴訟法の目的である真実発見(刑事訴訟法1条)に対する悪影響である。被害者が当事者として在廷することになれば、被告人としては威圧感を受け、十分な供述や弁明が困難になる事態が容易に予想される。とりわけ被害者から被告人質問を受けることとなればなおさらである。
実際に、罪の意識を持ち真摯な反省悔悟をした者ほど、自己の体験した事実や現在の真情を、被害者本人や遺族に向かって口にすべきではないなどと考えて供述をためらうということは刑事裁判においてしばしば見受けられる現象である。
第3に、刑事法廷を、私的復讐の場としてはならない。被害者の処罰感情はごく自然なものではあるが、それが被告人への追及や求刑意見という形で検察官の意見と独立して法廷に持ち込まれると、現行の当事者主義的訴訟構造を変容させるとともに、刑罰制度を犯罪に対する「仇討ち」から公的制裁へと発展させてきた人類と裁判の歴史に逆行することともなりかねない。
犯罪被害者支援としては、犯罪被害者の訴訟参加という制度ではなく、警察・検察による二次被害の防止、犯罪被害者給付金支給法の給付金額引き上げや対象の拡大をはじめとする経済的支援、公的に精神的ケアを受けられる制度などの精神的支援、裁判手続や進行状況等についての情報提供や裁判段階での被害者の意向確認などの細やかな制度がより本質的であり有用であると考える。
以上のように、犯罪被害者に対する保護については、別途、考慮制度が存在し、直接、刑事裁判の構造に変更を加えるような犯罪被害者等が刑事裁判に直接関与できる制度の導入には反対し、参議院において慎重に審議することを求める。
以上