再審法の速やかな改正を求める決議
2024年(令和6年)2月9日
香川県弁護士会
当会は、えん罪被害者を速やかに救済するために、国に対して、以下の内容を中心とする再審手続に関する刑事訴訟法の各規定の速やかな改正を求める。
1 再審請求手続における証拠開示制度の創設
2 再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止
以上のとおり決議する。
提 案 理 由
1 はじめに
再審とは、誤判により有罪の確定判決を受けたえん罪被害者を救済することを目的とする制度であり、えん罪被害者を救済する最終手段と言われている。再審の手続については、刑事訴訟法「第四編 再審」において定められているが、わずか19条の条文しか存在せず(この19条の条文を、本文中において「再審法」と表記する。)、えん罪被害者を速やかに救済するための制度としては不十分であり、これまで、えん罪被害者の速やかな救済を阻害してきたところである。
えん罪は国家による最大の人権侵害の一つであり、無辜の者が処罰されることは絶対にあってはならないことであるから、えん罪が生じた場合には、その被害者の救済は、適正な手続保障の下に、速やかに実施される必要がある。
しかし、2023年(令和5年)3月21日に再審開始決定が確定した「袴田事件」にもみられるとおり、現在におけるえん罪被害者の救済は、適正な手続保障の下に速やかに実施されているとは言い難い状況にある。
香川県においても「財田川事件」や「榎井村事件」が発生し、再審請求の結果いずれも無罪判決を獲得しているが、「財田川事件」においては1950年(昭和25年)にえん罪被害者が身体拘束をされてから1984年(昭和59年)3月12日に無罪判決を獲得するまでに34年、「榎井村事件」においてはえん罪被害者が1946年(昭和21)年に身体拘束をされてから1994年(平成6年)3月22日に無罪判決を獲得するまでに、実に半世紀の期間を要しているところである。
今後、同じようなえん罪被害者を生まないためにも、再審法を改正する必要がある。
2 再審請求手続における証拠開示制度の創設
過去のえん罪事件では、捜査機関が保有する証拠が再審段階で明らかとなり、その証拠がえん罪被害者を救済するための重要な証拠となってきた。しかし、現在の刑事訴訟法の規定では、捜査機関が保有する証拠を開示させるための規定が存在せず、えん罪被害者の速やかな救済を阻害する一つの要因となっている。
現在の刑事訴訟法では「再審の請求を受けた裁判所は、必要があるときは、合議体の構成員に再審の請求の理由について、事実の取調をさせ、又は地方裁判所、家庭裁判所若しくは簡易裁判所の裁判官にこれを嘱託することができる。」(刑事訴訟法第445条)と定められているに過ぎず、証拠開示に関する裁判所の手続が規定されていることもなければ、検察官の証拠開示義務を定めた規定も存在せず、証拠開示がなされるか否かは、個々の裁判体による判断となっている。証拠開示がなされるか否かが個々の裁判体による判断となる結果、再審請求の審理に積極的な裁判体の場合には証拠開示がなされ、そうでない裁判体の場合には証拠開示がなされないという、いわゆる「再審格差」が生じ、不平等、不公正な状態が生じる結果となっている。
えん罪被害者を速やかに救済するためには、捜査機関が保有する証拠が開示されることが必要不可欠であるにも関わらず、証拠の開示に関する判断が個々の裁判体の裁量に委ねられているという現状は、適正な手続保障の観点からも妥当ではなく、速やかな救済を阻害する要因となっていることから、速やかに再審請求手続における証拠開示制度を創設するべきである。
3 再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止
また、裁判所が再審開始決定を行った場合においても、検察官がこれに対する不服申立てを行うことにより、えん罪被害者の速やかな救済が妨げられている。
そもそも刑事訴訟法は、「二重の危険」を禁止する憲法39条の規定に基づき、再審の請求は有罪の言い渡しを受けた者の利益のためにすることができると規定されており(刑事訴訟法第435条)、旧刑事訴訟法が認めていた被告人の刑罰を不利益に変更する再審制度は廃止されたところである。そのような歴史的経緯に照らしても、検察官は、再審請求手続において対立当事者として手続に関与するべきではなく、「公益の代表者」として裁判所が行う手続に協力をすべきである。
「袴田事件」においても、再審開始決定が2014年(平成26年)3月27日になされたにも関わらず、検察官の即時抗告等によって審理が長期化し、2023年(令和5年)3月21日にようやく再審開始決定が確定したところである。再審開始決定から再審開始決定の確定までに実に9年もの年月が費やされており、検察官の即時抗告等がえん罪被害者の速やかな救済を阻害する要因となっている。
えん罪の被害者が受ける身体的、精神的苦痛は計り知れないものである。その苦痛からえん罪被害者を一刻も早く救済するためにも、再審開始決定に対する検察官による不服申立ては禁止されるべきである。
4 まとめ
前記のとおり、再審制度がえん罪被害者を救済するための制度として設けられているにも関わらず、再審法に関する規定が不十分であり、とりわけ再審請求手続における証拠開示手続が法制化されていないこと、及び、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが認められていることから、えん罪被害者を速やかに救済することが困難な状況となっている。
そのため、当会は、国に対して、
1 再審請求手続における証拠開示制度の創設
2 再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止
を中心とする再審手続に関する刑事訴訟法の各規定の速やかな改正を求める次第である。