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「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」に対する会長声明(R02/05/25)

「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」に対する会長声明

2020年(令和2年)5月25日
香川県弁護士会
会長 徳 田 陽 一
第1 声明の趣旨

当会は、「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」の廃止、特に本条例18条2項については即時削除を求める。

第2 声明の理由
1 総論
2020年(令和2年)3月18日、香川県議会において「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」(以下「本条例」という)が可決成立し、同年4月1日より施行された。
本条例は、2条1号において、「ネット・ゲームにのめり込むことにより、日常生活又は社会生活に支障が生じている状態」を「ネット・ゲーム依存症」と定義づけ、18条2項において、具体策として、保護者に対し、「子どものネット・ゲーム依存症につながるようなコンピュータゲームの利用に当たっては、1日当たりの利用時間が60分まで(学校等の休業日にあっては、90分まで)の時間を上限とすること及びスマートフォン等の使用(家族との連絡及び学習に必要な検索等を除く。)に当たっては、義務教育修了前の子どもについては午後9時までに、それ以外の子どもについては午後10時までに使用をやめることを目安とするとともに、前項(18条1項)のルールを遵守させるよう努めなければならない」とその努力義務を定めている。
しかしながら、以下述べるように、本条例は、その立法事実を欠くものであることに加え、インターネット及びコンピュータゲームの有用性を十分に考慮したものとはいえない。
特に、本条例18条2項は、憲法13条が定める子ども及びその保護者の自己決定権を侵害するおそれがあり、教育の内容及び方法に対する公権力の介入は抑制的であるべきという憲法上の要請に違反し、さらに児童の権利に関する条約(以下「子どもの権利条約」という)に基づき、我が国においても最大限尊重されるべき「児童が文化的及び芸術的な生活に十分に参加する権利」及び「子どもが意見を聴取される権利」を損なうものとして、到底、看過できない。

2 本条例の立法事実の欠如
本条例は、その前文第1段落において条例制定の必要性(立法事実)に言及している。
しかし、ここ香川県の小中学生が、全国平均に比して学業成績が低下しているとの事情やそれがインターネットないしコンピュータの過剰な使用によるとの事情は認められず、他の都道府県が特に条例で規制を設けていない中で、これを行う必要があるほどに香川県においてネット・ゲーム依存症が「大きな社会問題となっている」との社会的事実を見いだすことはできない。
また、大人の薬物依存と同様に、抜け出すことが困難であるとして特にその危険性を指摘している「射幸性が高いオンラインゲーム」については、本条例での定義規定を欠く(本条例2条(3))上、そもそも、子どもの「ネット・ゲーム依存症」を成人の薬物依存と同視する論拠も明確ではない。
加えて、前文は「世界保健機関において『ゲーム障害』が正式に疾病に認定された」ことも、制定が必要である根拠として挙げている。しかし、世界保健機関(WHO)が2018年(平成30年)6月に公表したICD-11(国際疾病分類第11版)の定義するゲーム障害は、インターネット回線の接続の有無を問わない持続的又は反復的なゲーム行動を対象とするものである。少なくとも、ゲーム行動ではないインターネット利用は、その対象となっておらず、本条例における「ネット・ゲーム依存症」の定義は、ICD-11の定義する「ゲーム障害」と一致せず、その外延は必ずしも明らかではない。したがって、ICD-11の認定は、インターネット依存を防止する根拠にはならない。
よって、本条例は、そもそも立法事実を欠く。

3 インターネット及びコンピュータゲームの有用性
他方、現代の子どもたちにとってスマートフォン、タブレット、パソコン等のデジタル機器はもはや生活に必要不可欠なものとなっており、子どもたちはこれらのデジタル機器を介し、世界と自在に交流を行っている。また、平成29・30年改訂学習指導要領において、小学校におけるプログラミング教育が必修化され、中学校・高等学校においても情報技術教育の更なる充実が図られるなど、子どもたちに対する情報技術教育の要請も更なる高まりを見せている。
インターネット及びコンピュータゲームは子どもたちの知的好奇心や創造性をはぐくむとともに、今後の生活に必須となる情報通信技術に興味関心を持たせる契機としての正の側面も有するものであり、本条例においてこれらの有用性が十分に考慮されているとはいえない。

4 本条例が憲法13条の定める自己決定権を侵害するおそれがあること
憲法13条後段は、個人の人格的生存にかかわる重要な私的事項を公権力の介入・干渉なしに各自が自律的に決定できる自由(いわゆる自己決定権)を人権として保障している。
かかる自己決定権の観点からは、子どもが保護者の下で余暇・レクリエーションの時間をどのように過ごすか、そして保護者がどのような教育方針に基づいて子どもに教育を行い、いかに育てるかは、いずれも個人の尊厳に関わる人格権の一内容として十分に尊重されなければならず、公権力がむやみに介入するべきではない。
本条例に即して言えば、インターネット及びコンピュータゲームをさせるかどうか、どのようにそれを指導・管理するかは、各保護者の問題であり、公権力が一律の基準を設けその遵守を求める形で「ネット・ゲーム依存症」にならないように努力する義務を各保護者に課するべきではない。
この点、本条例18条2項は、「ネット・ゲーム依存症」を防止するための目的達成手段として、コンピュータゲーム等の利用に「1日あたり平日60分、休日90分」、「義務教育修了までは午後9時まで、それ以上は午後10時まで」とする具体的な目安を示した時間制約を設けるものである。しかし、当該時間を設定するにあたり、どの程度の時間制約を課せばどの程度の効果が現れるのかという科学的検証の有無も不明瞭である上、多様な家庭環境や子どもの個性がある中で、香川県下の全ての子どもに本条例の定める一律の時間制約を求める合理性も必要性も見いだすことはできず、本条例18条2項の制定過程には、本来公権力の介入は抑制的であるべきとの観点が欠如しているものと言わざるを得ない。
このように、保護者と子どもとの間で、各家庭の状況に応じた自律的ルールづくりがなされることは自己決定権尊重の観点から推奨されるべきであるが、それを超えてさらに公権力が一定の時間制約を押しつけることは、子ども及び保護者の自己決定権に対する侵害にあたるおそれがある。

5 本条例が子どもの権利条約31条及び12条の趣旨に違背すること
1989年(平成元年)11月20日に国連総会で採択された子どもの権利条約は、31条において、締結国に対し、児童に休息、余暇、遊び、レクリエーション活動、文化的生活及び芸術的活動を行う権利が保障されることを求めており、1994年(平成6年)4月22日に子どもの権利条約を批准した我が国においてもこれは最大限尊重されなければならない。
子どもの権利条約31条の定める諸権利は、子どもたちの知的好奇心、創造性、自己肯定感を育むために重要な役割を果たす権利であって、インターネットを介した活動及びコンピュータゲームについても、子どもたちの余暇活動、レクリエーション活動、並びに文化的及び芸術的な活動としてその機会が十分に保障されなければならず、一律の時間制限を定める本条例18条2項は、子どもの権利条約31条が上記諸権利を保障する趣旨に違背するものである。
また、子どもの権利条約12条1項は、締結国に対し、自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保し、児童の意見をその年齢及び成熟度に従って相応に考慮することを求めている。
この点、本条例18条1項は保護者に対し、子どもの年齢、各家庭の事情等を考慮してルールづくりを行うよう求めているが、他方でルールの根幹を為す使用時間(1日当たりの使用時間、夜間の使用制限)については、同条2項において「目安」という表現こそ用いられているものの、実際には一律の具体的数字を提示した上でルールづくり及びその遵守を求めるものであり、同文言は、家庭内のルールづくりにおける保護者の裁量行使を委縮させ、子どもの具体的意見がルールづくりに反映されることを妨げるものであって、本条例18条2項の規定は、実質的に子どもの権利条約12条が子どもが意見を聴取される権利を保障する趣旨に違背するものである。

6 結語
以上の理由から、当会としては、本条例の廃止、特に子どもの権利及びそれに対応する保護者の権利を侵害するおそれのある本条例18条2項については即時削除を求めるものである。

会長声明メモ

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