勧告書
令和元年11月8日
高松刑務所長 殿
香川県弁護士会
会長 堀井 実
当会は、申立人A氏(以下「申立人」という。)からの人権救済申立事件につい て、当会人権擁護委員会の調査結果に基づき、貴所に対し、下記のとおり勧告する。
記
第1 勧告の趣旨
貴所が、受刑者であった申立人を、平成30年2月22日から同年8月6日までの間、監視カメラ付き居室に継続して収容し、終日監視カメラによる動静監視の下に置いた処置は、申立人のプライバシー権を著しく侵害したものである。
当会は、貴所に対し、今後、被収容者を監視カメラ付き居室に収容する場合には、被収容者のプライバシー権に十分に配慮して、同居室への収容の必要性を厳格に判断するよう、また、収容後においても同居室への収容を漫然と継続 することのないよう、勧告する。
第2 勧告の理由
1 申立ての概要
申立人が、当会に対する別件の人権救済を申し立てたところ、その申立てに対する報復措置として、私物棚、タオル掛け、鏡等のない監視カメラ付き居室への転居を命ぜられ、四六時中監視される状態に置かれることとなった。
そこで、申立人は、自身が人権救済を申し立てたことに対して、貴所が、以上のような不利益な取扱いをしたことが人権侵害にあたるとして、当会に人権救済を申し立てた。
2 調査の経緯
平成30年6月13日、当会は、本件人権救済申立てに基づき、貴所に対して事実関係の確認を求める照会を行ったところ、貴所から同月27日付回答書(以下「貴所回答書」という。)による回答を得た。
貴所回答書により、貴所が、同年2月22日から同回答書の回答日時点ま で、申立人を監視カメラ付き居室に収容していることが判明した。また、貴所 は、申立人を監視カメラ付き居室に収容している理由として「当所で把握している事実とそ齬があることから、本人の動静を綿密に視察して事実関係の正確な把握をするためである」と回答した。
当会は、以上の回答を踏まえ、貴所が申立人を監視カメラ付き居室に収容し た目的、及び、監視カメラ付き居室への収容を継続したことが人権侵害行為に該当する可能性があると判断し、調査を継続することとした。
同年12月20日、当会は、貴所に対して、面談調査を実施した。
同面談調査では、当会から貴所に対して書面及び口頭により質問を行い、貴 所職員から口頭による回答を得た。その際、当会が、貴所に対して、「事実関係の正確な把握というのはどういう趣旨か」との質問をしたところ、貴所職員 は、「申立人の主張が真実であれば転倒の可能性が高く、また、主張が虚偽であっても、申立人が作業拒否のために故意に転倒する等の自傷行為を行う可能性があったため、申立人保護のために事実関係を正確に把握する必要があったという趣旨である。
また、後に申立人との間で、刑務所職員によって怪我をさせられたなどの苦情を受けるなどして、高松刑務所内における処遇に問題があるとの理由で紛争となった場合に、高松刑務所の業務の正当性を疎明する資料として用いるという側面もある。」旨を回答した。
3 認められる事実
申立人による申立て、貴所回答書及び貴所に対する面談調査の結果から認められる事実は、次のとおりである。
(1)監視カメラ付き居室収容に至る経緯
申立人は、腰痛症、頚椎症の既往歴を有しており、平成28年8月24日頃から歩行困難であることを理由に、貴所に対して刑務作業が困難である旨を申し出るようになった。
貴所は、申立人から刑務作業が困難である旨の申し出を受けたが、申立人が担当している刑務作業自体が軽作業であること、作業場及び作業場へ行くまでの通路がバリアフリー構造となっていることなどから申立人が刑務作業を行うことは可能であると判断した。そのため、歩行困難であることを理由に刑務作業が困難であるとの申立人の申述と、刑務作業は可能であるとの貴所の見解との間でそ齬が生じる状態となっていた。
(2)申立人の監視カメラ付き居室への収容
申立人は、刑務作業が困難である旨の申し出を繰り返し、刑務作業の拒否を繰り返していたため、貴所は、平成28年8月24日から平成30年5月30日までの間に、申立人に対し、正当な理由なく作業を拒否したという理由により合計14回の閉居罰を科した。
申立人は、上記閉居罰に並行して、同年2月22日から同年8月6日までの間監視カメラ付き居室へ収容された。
貴所が、申立人を監視カメラ付き居室へ収容した理由は、申立人の申述と貴 所で把握している事実との間にそ齬があることから、申立人の動静を綿密に視察して事実関係の正確な把握をするためであり、加えて、申立人の申述どおりの状況であるならば、転倒等の不測の事態を速やかに認知することで申立人の身体保護を図るためであった。
(3)監視カメラ付き居室の構造
申立人が収容された監視カメラ付き居室は、一般の居室と同タイプの居室に監視カメラが設置されているタイプの居室であった。
また、監視カメラ付き居室は、監視カメラによる監視を行う必要があるた め、死角がないよう設計されており、居室内に私物棚、タオル掛け、鏡等は設置されていない。
監視カメラは天井に設置されており、被収容者から見れば監視カメラが設置されていることが分かる構造となっている。
(4)監視カメラ付き居室収容開始後の経緯
申立人が監視カメラ付き居室に収容されていた5か月以上の期間中、申立人が転倒するなどして身体保護を図る必要が生じたことはなかった。
4 当会の判断
(1)当会が人権侵害に該当すると判断した行為
本件は、申立人が、当会に対する別件の人権救済を申し立てたところ、その申立てに対する報復措置として、監視カメラ付き居室へ収容されたとして人権救済を求めた案件であるが、当会の調査の結果によっては、監視カメラ付き居室に収容された理由が申立人の人権救済申立てに対する報復措置であるとまで認定するには至らなかった。
一方で、貴所が、申立人の申述と貴所で把握している事実との間にそ齬があることから、申立人の動静を綿密に視察して事実関係の正確な把握をするためという理由、及び、貴所の業務の正当性を疎明する資料を確保するためという理由によって、監視カメラ付き居室への収容を開始したこと、並びに、貴所が申立人を監視カメラ付き居室に収容後、申立人が転倒するなどにより身体保護を図る必要性がないことを把握しながらも漫然と監視カメラ付き居室への収容 を継続したことは、申立人に対する人権侵害行為に該当すると当会は判断した。
(2)判断の理由
ア 判断基準
一般に、監視カメラ付き居室への収容は、刑事施設の立場からすれば、被収容者の動静を24時間いつでも継続的に監視することを可能とするものであるところ、換言すれば、被収容者の立場からは、職員による巡回視察とは異なり、終日監視カメラによる動静視察を意識して生活することを強いられる。このような性質を有する監視カメラによる動静視察は、刑事施設への収容自体が被収容者の動静視察にあたり一定のプライバシー権への制限を予定していることを考慮に入れてもなお、その侵害の程度は極めて強度なものであるといえる。
そうすると、監視カメラ付き居室への収容は、極めて限定的な場面でのみ実施されるべきであり、その収容の必要性については厳格に判断されなければならない。
そこで、監視カメラ付き居室への収容は、自殺自傷のおそれ等、被収容者の生命身体に対する危険や、それらに準ずる重大な危険があり、他のより制限的でない手段によっては目的が達成できない場合に限って実施することが許されるというべきである。そして、上記「自殺自傷のおそれ」とは、単に抽象的な危険では足りず、被収容者が自殺自傷を行う現実的な危険性が客観的に認められることが必要である。
また、監視カメラ付き居室への当初の収容開始自体がやむを得ない場合であっても、先に述べたとおり監視カメラ付き居室への収容自体が強度のプライバシー権侵害行為に該当し得ることから、監視カメラ付き居室への収容を継続するにあたっては、適宜その継続収容の必要性を判断し、漫然と収容が継続されることのないように実施されなければならない。
イ 監視カメラ付き居室への収容自体が人権侵害行為に該当すること
本件において、貴所は、申立人を監視カメラ付き居室へ収容した理由を、①申立人の申述と貴所で把握している事実との間にそ齬があることから、申立人の動静を綿密に視察して事実関係の正確な把握をするため、②後日、申立人との間で紛争となった場合に、貴所の業務の正当性を疎明する資料として用いるため、③申立人の申述どおりの状況であるならば、転倒等の不測の事態を速やかに認知することで申立人の身体保護を図るため、であるとする。
しかし、先にも述べたとおり、監視カメラ付き居室への収容は、自殺自傷のおそれ等、被収容者の生命身体に対する危険や、それらに準ずる重大な危険があり、他のより制限的でない手段によっては目的が達成できない場合に限って実施することが許されるべきところ、そもそも、上記①及び②は、監視カメラ付き居室への収容が許容される事情とはいえない。
そして、その点を措くとしても、本件では、貴所は、平成28年8月24日から平成30年5月30日までの間に、申立人に対し、正当な理由なく作業を拒否したという理由により合計14回の閉居罰を科しているところ、これらの閉居罰を科すにあたっては、申立人の作業拒否に正当な理由がないこと、すなわち、申立人には歩行困難であるという事情は存在しないとの認定がなされているはずであり、そう判断するに足る調査を、申立人を監視カメラ付き居室に収容する以前に行っていたものと考えられる。
そうすると、申立人の「歩行困難である」という申述と貴所が把握している事実との間でそ齬が生じているものの、貴所は、申立人には歩行困難であるという事情が存在しないこと、及び、申立人に自殺自傷のおそれや、転倒による負傷のおそれがないことを十分に把握していたものと認められ、監視カメラ付き居室への収容という手段によらずとも申立人の動静を視察することが可能であったにも関わらず、申立人の動静を綿密に視察して事実関係の正確な把握をするため、また貴所の業務の正当性を疎明するための資料収集という理由により監視カメラ付き居室への収容を開始したということに帰し、①及び②の目的による監視カメラ付き居室への収容は許されないものであって、人権侵害行為に該当するものである。
③についても、本件で実際に申立人が転倒等の自傷行為に及んだ(あるいは及ぼうとした)といった事実関係を認めることはできず、また、上記のような監視カメラ付き居室収容に至るまでの経緯に照らせば、申立人が自傷行為に及ぶ具体的危険性を客観的に認めるに足りる事情はなく、貴所の主張は抽象的危険を述べるに留まるものといわざるを得ない。したがって、本件で「自殺自傷のおそれ」があったということはできないのであって、③を理由とする監視カメラ付き居室への収容も許されるものではなく、人権侵害行為に該当するものである。
ウ 漫然と監視カメラ付き居室への収容を継続したことについて
本件において、貴所が申立人を監視カメラ付き居室へ収容したこと自体が人権侵害行為に該当することは、上記イで述べたとおりであり、その後の収容継続が人権侵害に該当することは当然であるが、貴所が、監視カメラ付き居室への収容を漫然と継続していること自体、人権保障の観点からは、到底看過できないところであるため、以下付言する。
例え、自傷行為を防ぐことを目的として、監視カメラ付き居室への収容を開 始した場合であっても、上記アで述べたとおり、監視カメラ付き居室への収容 は、それ自体が強度のプライバシー権の侵害行為に該当し得るものであるた め、被収容者が自傷行為に及ぶ危険がないことを把握した場合、貴所は、その時点で直ちに監視カメラ付き居室への収容を終了しなければならない。
本件では、申立人は、5か月以上にわたって監視カメラ付き居室に収容されているところ、貴所の回答によれば、申立人を監視カメラ付き居室へ収容している間、申立人が転倒するなどの事実は確認できなかったとのことであるが、申立人が自傷行為に及ぶ危険性を把握するだけで5か月以上もの期間を要するということはあり得ず、貴所において、収容継続の要否について定期的に見直 し、具体的検討の機会が設けられていれば、早期に収容継続の必要がないことが判明していたはずである。
そうであるにも関わらず、貴所が、収容の必要性を適宜判断せず、5か月以上にもわたり申立人に対して監視カメラ付き居室への収容を漫然と継続したことは、申立人の人権を尊重する態度を著しく欠いたものであったと言わざるを 得ず、同行為自体が人権侵害行為に該当する。
第3 結語
以上のとおりであるから、貴所が、申立人を監視カメラ付き居室へ収容したこと、及び、収容後、監視カメラ付き居室への収容を漫然と継続したことは、申立人のプライバシー権を著しく侵害する行為であって、人権侵害行為に該当する。
よって、当会は、貴所に対し、勧告の趣旨記載のとおり勧告する。
以上