日本学術会議会員候補者6名の速やかな任命を求める会長声明
2021年(令和3年)3月3日
香川県弁護士会
会長 徳 田 陽 一
1 菅義偉内閣総理大臣(以下「内閣総理大臣」という。)は,2020年10月1日から任期が開始される日本学術会議の会員について,具体的な理由を示すことなく,同会議からの105名の推薦に対し,6名を任命から除外した(以下「本件任命拒否」という。)。
1983年の日本学術会議法(以下「法」という。)改正で日本学術会議側が候補者を推薦する方式が採られて以来,同会議側の推薦した候補者を内閣総理大臣が任命しないのは初めてのことである。
2 日本学術会議は,1949年,「科学が文化国家の基礎であるとの確信に立つて, 科学者の総意の下に,わが国の平和的復興,人類社会の福祉に貢献し,世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命」として設立された(法前文)。そして,日本学術会議は「わが国における科学者の内外に対する代表機関」(法第2条)であり,科学に関する重要事項を審議し,その実現を図ること等の職務を「独立して」行い(法第3条),科学の振興,技術の発達,科学研究者の養成,科学を行政に反映させる方策等につき政府に対して勧告する権限を有している(法第5条)。
このように,日本学術会議に政府からの職務の独立性と,政府に対する勧告権限が認められたのは,1933年の滝川事件や1935年の天皇機関説事件などのように,学問研究が直接に国家権力によって侵害された歴史を踏まえて,学問の中心をなす真理の探求に不可欠である独立性と批判的精神を担保すべく,日本国憲法において規定された学問の自由(憲法第23条)と同じ理念に立つものである。
3 そして,日本学術会議の会員の選出については,同会議が「優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し」(法第17条),同会議の「推薦に基づいて,内閣総理大臣が任命する」(法第7条第2項)とされている。
憲法が学問の自由を保障し,日本学術会議に政府からの独立性が求められている趣旨からは,この内閣総理大臣の任命は,同会議の推薦に「基づいて」行われる形式的な任命行為であり,内閣総理大臣の裁量を認めたものではないと解するのが相当である。
このことは,日本学術会議の会員の推薦制度が導入された1983年の国会審議において,当時の中曽根康弘内閣総理大臣が「学会やらあるいは学術集団から推薦に基づいて行われるので,政府が行うのは形式的任命にすぎません。したがって,実態は各学会なり学術集団が推薦権を握っているようなもので,政府の行為は形式的行為であるとお考えくだされば,学問の自由独立というものはあくまで保障されるものと考えております。」と答弁していることからも明らかである。
4 内閣総理大臣は,本件任命拒否について,「総合,俯瞰的活動を確保する観点」などと説明するにとどまり,任命拒否の具体的理由を明らかにしていないが,6名の会員候補者が安全保障関連法や共謀罪制定等に対し反対の意見表明をしていることが任命拒否の理由ではないかとの懸念が示されている。
仮に,会員候補者の研究内容や思想内容を理由として任命拒否したのであれば,政府による学問の自由に対する介入にほかならず,政府に批判的な研究活動に対する萎縮効果をもたらしかねないものであり,学問の自由に対する深刻な脅威となるものである。
5 以上より,当会は,本件任命拒否に強く抗議するとともに,内閣総理大臣に対して,本件任命拒否を撤回し,任命拒否された候補者6名を速やかに任命するよう求めるものである。